AKAMINE BLOG

メンズファッションディレクター 赤峰 幸生のBLOGです。

2006年07月06日(木)

MEN'S EX 8月号 菊池武夫と赤峰幸生の Be Buffalo Forever! vol.3 [MEN'S EX 掲載記事]

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菊池武夫さんと赤峰幸生さん。
ファッション界の2人の巨匠が毎回テーマをひとつ決め、それに基づいてファッションを披露し語り合う、夢の対談連載。

「今月のテーマ」
ジーンズで築くカジュアルスタイル

カジュアルなスタイルを築くうえで、真っ先に思い浮かぶアイテムといえば、ジーンズ。
永遠のマストアイテムともいえるジーンズの2人の選択基準とは?2人のジーンズのルーツとは?
そして、今日のスタイルに至った経緯を語ってもらいました。



■映画から着こなしを無意識のうちに学んできた
赤峰  先生がジーンズを穿かれるようになったのはいつ頃からですか?
菊池  小学生。戦争が終わってすぐですね。アメリカの将校がウチに1年半くらい住んでたんですよ。そのときレコードとか雑誌とか洋服とか、当時まだ貴重だったものがたくさんあって、それでジーンズを穿いていたんです。多分リーバイスだったと思うんですけど、当時は小さかったですから、さすがにブランドまでは覚えてないな。
赤峰  その頃はまだ誰もジーンズなんて穿いてないですから、相当早いですよね。僕がジーンズを穿きだしたのは、中学2年生くらいです。生まれが学芸大学だったでしょう。渋谷の恋文横丁にサカエヤっていう古着屋があって、そこにはよく行きました。リーバイスは高校に入ってからで、高校ぞ代はもうずっとリーバイス。ただ、不思議とアメ横には行きませんでしたね。
菊池  僕はアメ横でした。アメ横で新品買って、風呂の中で洗えっていわれていたから、穿いたまま入ってタワシでこすったりして(笑)。そういうことはしましたね。でも、このときもブランドは見なかったな。やっぱりリーバイスだったのかな?
赤峰  ほとんどリーバイスで、それかリー。どっちかですよね。ラングラーはもっとずっとあとですから。
菊池  だいぶあとですよね。
赤峰  '60年代に入ってからですよね。ジーンズというアイテム自体が、カウボーイのワークウェアみたいなものですから。その機能性っていうのは世界万人に共通ですよね。一番の思い出は、高校生の頃、今の国立競技場のところにアメリカンハイツっていうのがあって、当時そこの将校の娘さんと付き合ってたんですけど、彼女がPXで色々と買ってきてくれるんです。それが嬉しくてね(笑)。
菊池  ところで赤峰さんが若かった頃に参考にした人っているんですか?
赤峰  (注1)スティーブ・マックイーンの若い頃とか、意識まではしてないけど、カッコいいなってのはありました。砂埃がついているようなジーンズのカッコよさみたいな。あとは「パパ大好き」って映画に出ていたフレッド・マクマレイって役者がいたんですけど、彼なんかジーンズとかチノパン穿いていて、それもカッコよかったなぁ。
菊池  僕の場合は(注2)ジョン・ウェインの出世作の「駅馬車」ですね。あれは確かリーバイスでしたよね。彼はキチッと穿いていてダラーンとしてないんです。それが妙に印象的でした。
赤峰  そういえば、マックイーンはリーでした。ピケのジーンズとか。結構股上が深くてね。ケツの格好がよくないと、リーってこなせないですよね。
菊池  でも、リーのうほうが脚はきれいに見えますよね。ピーンとしてるっていうのかな。カウボーイっていうかウエスタン映画の影響って結構受けたかもしれない。
赤峰  それはかなりありましたね。
菊池  (注3)ジョエル・マクリーだとか(注4)ヘンリー・フォンダとかね。3つ上の兄貴がいるんですけど、彼はカウボーイの格好が好きで、自分で作ってましたよ。その影響もあったんだろうな。
赤峰  僕も同じように小学校のランドセルでホルスター作っちゃって。オフクロにえらく怒られたなぁ(笑)。アメ横でピースメーカーを買ってきて、ジーンズに挿して遊んでましたね。西部劇ごっこの時代でしたから。

■ジーンズは前でなく後ろこそが勝負
赤峰  アンソニー・パーキンスの「のっぽ物語」っていうのがあって、シルエットのきれいさとか、雰囲気がありましたよね。昔は洗いのジーンズっていうのはなくて、インディゴの落ちてない濃いのが普通でしたから。'70年代になってようやく色落ちしたのが出てきたんです。
菊池  あと、(注5)マーロン・ブランドの「乱暴者」ってあるでしょう。あのときの彼はこんなにロールアップしていて、「駅馬車」のジョン・ウェインもロールアップしていましたね。僕もいつもロールアップしてるんですけど、きっとそこからの影響なんでしょうね。映画からの影響は確かにあります。
赤峰  '50年代、'60年代、'70年代ってのは男の服の黄金期みたいなところがあって、そこには原点があるんですよね。それを超える時代を感じられないんですよね。音楽も映画もそうだし、ファッションもそうだけど、今のは辿っていくと、結局は焼き直しなんです。
菊池  我々くらいの年代だと、ほとんどのものをリアルタイムで通ってますよね。実は、'70年のアタマに世界を回ったんです。出ていったときはデニムの細いパンツだったんですけど、帰ってきたときはベルボトムが世界を席巻していましてね。ショックを受けましたね。当時ビギを始めたばかりで、日本に帰ってからすぐに作りましたよ。
赤峰  リアルタイムの時代ってモノがあまりなかったじゃないですか。だから手に入れたらモノの匂いまで嗅ぐっていうか、そういうところからもカルチャーショックを受けていたんですよね。ところで、ジーンズのブランドもここ10年くらいで一気に増えましたよね。
菊池  そうそう。だいぶ前ですけど、アムステルダムに行ったときに、はじめてGスターを見たんですよ。そこの店員がもの凄くカッコよかったんです。そのとき初めてリーバイス以外にも凄くカッコいいのがあるなって。そこからGスターを好きになってしまったんですよ。今でも新しいブランドを見つけると興奮しちゃうんですよね。リーバイスがレッドを始めたときも、もの凄く影響を受けました。
赤峰  僕もブルー以外のジーンズはいろいろと穿きますよ。でもブルージーンズはリーバイスのヴィンテージしか穿かないんです。ニューヨークとか行ってもサウスブロンクスとかヤバイところまで足を運んで、その大木があるんじゃないかって探して、そこからさらに上を辿ってこれ以上ないところまで探しますから。
菊池  赤峰さんのそのパワーは本当に凄いですよね。
赤峰  今、リーバイスは9本持ってるけど、どれ穿いてくるか迷ったんですよ。でもどれを選んでもあんまり変わらないから、いいかって(笑)。
菊池  本当、対照的ですよね。
赤峰  根っこは同じなんですけどね。
菊池  そうそう、生地なんかでも根っこは本当同じ(笑)。
赤峰  若い頃に触発されたものはほとんど同じですから。お互いにメジャーに対するアンチテーゼみたいなものをもっていますよね。意識としては新しいメジャーを作りたいっていうのがあって、でもそれが出来上がっちゃうと飽きちゃうんです。で、次のマイナーを探してメジャーを作りたいっていうのがありますよね。
菊池  まさにそのとおり!それは絶対にあります。
赤峰  ところで、菊池先生は普段からジーンズを穿かれることが多いんですか?
菊池  僕はほとんど毎日スニーカー履いてますから、いつもジーンズです。なかでもダボッとしたのが好きなんです。若い人って腰穿きしているでしょう。あれ、僕もついついやっちゃうんです。同じ年代でも対照的ですよね。
赤峰  僕の場合、ジーンズを穿くときは膝の裏のシワを絶対にプレスしてシワを出さないようにしています。ジーンズはバックサイドが命ですから。黒人とかケツがピーンと張っていて、カッコイイですものね。
菊池  僕も選ぶ際は、後ろだけをチェックします。前より絶対後ろ。
赤峰  あと、上はドレッシーなものを着るっていうコントラストのほうが多いかもしれません。素材感の違うものを合わせるのが好きなんです。ジーンズにダンガリーのシャツとかは絶対に合わせません。やっぱりジーンズにには白シャツが似合うと思うんです。アメリカだとブルーにピンクとかマドラスチェックを合わせたりしますけど、ジーンズのときはやっぱり白なんです。
菊池  僕もそれは同感だな。

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(注1) 「スティーブ・マックイーン」
1932〜1980年。アメリカンカジュアルの着こなしの教科書的存在。映画「大脱走」や「ブリット」が代表作。

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(注2) 「ジョン・ウェイン」
1907〜1979年。“デューク”の愛称で親しまれた名優。戦争映画や西武劇に出演し、映画「駅馬車」が有名。

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(注3) 「ジョエル・マクリー」
1905〜1990年。多くの西部劇に出演した。なかでも「昼下りの決斗」での“いぶし銀”な名演技で知られる。

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(注4) 「ヘンリー・フォンダ」
1905〜1982年。ジェーン、ピーター・フォンダの父。'81年の「黄昏」でアカデミー主演男優賞を受賞。

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(注5) 「マーロン・ブランド」
1924〜2004年。映画「乱暴者」で反抗的な若者を演じて人気に。「波止場」、「ゴッドファーザー」が有名。

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■(写真右)菊池武夫氏
・目黒川沿いの帽子屋ライディングハイで購入したキャスケット
・ジレッリ ブルーニの鹿の子素材シャツ
・伊のシューズブランドMOMAのシアサッカージャケット
・Gスターのジーンズ
・ベルリンで購入したアディダスのスーパースター
■(写真左)赤峰幸生氏
・リヴェラーノ&リヴェラーノでス・ミズーラしたリネンシャツ
・10年前にミラノのクランで購入した同店のオリジナルベルト
・'60年代前半製のヴィンテージのリーバイス501XX
・リヴェラーノ&リヴェラーノでス・ミズーラしたウールパンツ
・8年前に購入したコンバースのオールスター

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お2人が大好きだという山の上ホテルのバー「ノンノン」にて。
お互いジーンズ歴はかなり長いため、対談はいつになくヒートアップ。知らない話がたくさん出てきて、周りの撮影スタッフも感心しきりでした。

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菊池さん的ジーンズの着こなしテク [MEN'S EX 掲載記事]

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シャツはパンツの外に出します

白シャツをジーンズの外に出して適度にチカラの抜けた感じを表現しながらも、JKを羽織っているから決してだらしなくは見えない。その絶妙なさじ加減は菊池さんならではです。

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ルーズフィットでさりげなく腰穿き

菊池さんは腰に引っ掛ける感じで穿くのが好み。保守的にならず、新しい感覚を積極的に取り入れているあたりはサスガです。ちなみにGスターは、バックスタイルもお気に入り。

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裾は控えめにロールアップ

ジーンズは昔からずっとロールアップして穿いているそうです。「乱暴者」のマーロン・ブランドなど、映画からの影響も無意識のうちにあったのでは、とおっしゃっていました。

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赤峰さん的ジーンズの着こなしテク [MEN'S EX 掲載記事]

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シャツの袖口はきれいに捲ります

ジーンズのときは上を上品な感じに合わせるのが赤峰流。その際、シャツの袖口はきれいに捲ります。腕にしているのはティファニーの'60年代製のアンティークウォッチ。

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白シャツをインするのが定番

ブルージーンズに関してはリーバイスの、それもヴィンテージだけしか穿かないというこだわりよう。白シャツを合わせることが多いそうで、シャツは必ずジーンズインします。

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紐の通し方で“ひとひねり”

オールスターの紐の通し方を見てください。定番中の定番アイテムを使っていながら、しっかり目を引く遊び心を見せるあたりはサスガです。これぞミスター・アカミネイズム!

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2006年06月26日(月)

朝日新聞“おやじの背中”に掲載されました [朝日新聞掲載記事]

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弊社の代表取締役、赤峰幸生が朝日新聞“おやじの背中”のコラムに掲載されました(『6月25日付け25面』)。
俳優の内藤剛さん、エジプト考古学者の吉村作治さんなど著名な方々が近々ではご紹介された日曜日判コラムです。
実際に掲載されました記事をこちらでもご紹介させていただきました。ご高覧くだされば幸いです。

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2006年06月24日(土)

OCEANS 8月号 連載#5 [OCEANS掲載記事]

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King of Elegance

マエストロ赤峰の
「粋がわかれば、すべてがわかる」



夏のコットン“ジワ”の「粋」


服は素材が命である。その理由は2つあり、ひとつは季節感、もうひとつはエイジングだ。今回は私と(注1)服作りの志を共にする中村女史を招き、素材を題材として「粋」について語らうことにした。

中村  赤峰さんの夏服の代名詞は、出会った(注2)二十数年前から変わらず、コットンスーツですね。
赤峰  夏は氷屋、冬は炭屋と言うが、素材にも同じことが当てはまり、夏はコットンやリネン、冬ならウールやカシミヤとなる。素材は季節感をダイレクトに表現する。そして季節感をを自然と取り入れることが粋である。流行がいかに移り変わろうとも、私が夏に(注3)コットンスーツを愛用する理由だ。
中村  日本人は夏に浴衣を着ます。夏のコットンスーツは、浴衣に通じる風物詩ですからね。ベージュのコットン地は夏の日差しに映え、溶け込みます。それがナチュラルに見えます。
赤峰  その“ナチュラル”という見え方が、とても大切だ。だから、コットンスーツでもまっさら、下ろしたてなのは気恥ずかしい。着ていれば自然とシワが入るもので、そのシワが粋なのだ。最近ではシワが入らないことを謳い文句とした化学繊維を混紡した品もあるが、私個人としては、それはコットンスーツの持ち味を消し去っていると思う。それに加工によって味出しをした品というのも、私からすれば無粋である。自分で着込んで、さまざまな思い出を吸い込み、コットンスーツが自然と味わい深くなる。それがいい。では、購入したてのコットンスーツはどうするか?自宅で多少の(注4)慣らし運転をしてから、着ることとなる。
中村  私は長く付き合えるような服作りを基本スタンスとしています。着れば着るほどに魅力が増す服が素敵だと思うのです。
赤峰  まったくその通り。コットンスーツの袖口がすり切れたり、色褪せたりするのは言うなればダシであり、それがそのものの味わいを深める。つまり、それが粋に通じるのだ。

(注1) 「服作りの志」
デザインありきではなく、素材ありきで服を作る。また服が主張しすぎず、着る人を引き立てることに重きがあり、T.P.Oとライフスタイルを念頭に置く。


(注2) 「二十数年前から変わらず」
赤峰氏にとっては褒め言葉。流行に左右されず、自分のスタイルを確立していることの証明として。


(注3) 「コットンスーツ」
取材時に赤峰氏が着ていたのは、フィレンツェのリベラーノ&リベラーノにて仕立てたコットンスーツ。イギリスのカーリントン製のコットンギャバジンを使用。


(注4) 「慣らし運転」
新品をそのまま着ないのが赤峰氏流。ある程度馴染んできた頃合を見計らってから着用する。今回のコットンスーツは一度洗ってから着始めたそう。

 
 


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左が中村三加子さん。赤峰氏とはかつて同じ会社でともにデザイナーを務めていた間柄。現在は株式会社オールウェイズを立ち上げ、婦人ブランドの開発に携わっている。
2004年には自作ブランド「Mikako Nakamura」を発表した。
ユナイテッドアローズ本店にて扱われるほか、東京・目白にサロン、ニューヨークにショールームを開設している。

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清涼感を引き立てる、夏のブラックタイ

写真上はマイケル・ダグラスの父親で、同じく俳優のカーク・ダグラス、下はご存じクラーク・ゲーブルだ。夏に黒タイとは意外であるが、奇をてらったテクニックではない。ウェルドレッサーの例を見てわかるように、Vゾーンを端正に見せ、逆に涼しげな印象を与える。
赤峰氏もベージュのコットンスーツに黒タイを合わせ、実践している。

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赤峰氏の夏の定番アイテム、普遍的な魅力を持つコットンスーツ

写真左は赤峰氏。ベージュの3ボタン段返りのコットンスーツを軸に、Vゾーンは白のレギュラーカラーシャツと芯のないシルク製の黒タイで構成し、胸ポケットに白のリネン製チーフを挿している。ベーシックでありながら、今日的な感覚の着こなし。「ポケットに手をつっこんだときにできる腕のシワ、フロントのボタンホールの辺りにできるシワ。そんな自然な着ジワがコットンスーツならではの粋である」と語る。

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10年前にリベラーノ&リベラーノにて仕立てた一着。取材時に着ていたコットンスーツと仕立て先も生地も同じ。着用感により味の具合が異なり、それを楽しみながら、ケースバイケースで着分けているそうだ。

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今月の赤峰ワードローブ [OCEANS掲載記事]

エルマンノ ダエッリのスイムショーツ

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1970年代、フィレンツェを中心に活躍したデザイナー、エルマンノ ダエッリによるスイムショーツが、赤峰氏のリゾート用ワードローブのひとつ。イメージは1960年代のイタリア映画「太陽の下の18才」。ラコステの赤のポロシャツを合わせるのが定番的な着こなしだそう。

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2006年05月24日(水)

OCEANS 7月号 連載#4 [OCEANS掲載記事]

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King of Elegance

マエストロ赤峰の
「粋がわかれば、すべてがわかる」



英国素材の「粋」


洋服の良し悪しを決めるのは、まず素材である。だから、私がデザインするY.アカミネは素材ありき。よい素材を求めて世界中を巡る。その経験からして、英国素材は特別だ。今回は英国毛製品輸出教会の理事長であるピーター・アクロイド氏を招き、英国素材について語らうことにした。

赤峰  ずばり英国素材のよさとは?
アクロイド  ファッションには変えるべきものと、変えてはいけないものがあります。英国の素材は1世紀以上、変えなかったよさがあるのです。一言で言えば、積み重ねられた伝統。ここ30年間、他の国の素材を求められもしました。しかし、今では英国らしい素材が望まれています。
赤峰  具体的におすすめの素材は?
アクロイド  話題に挙がることが多い素材は(注1)エスコリアルです。私が着ているネイビースーツは、(注2)テイラー&ロッジ社が取り扱うエスコリアル素材で仕立てました。(注3)英国素材は重いという印象があるでしょう。しかし、エスコリアルは軽く、柔らかで、伸縮性が高く、すばらしい着心地をもたらす素材です。
赤峰  英国人が考える、粋な着こなし、また理想像とは?
アクロイド  ずばり、「アンダーステイティッド」、つまりこれ見よがしでない見よがし方な装いでしょう。控えめで、周りの人への礼儀、敬意を重んじた着こなし。そのお手本は内面的な品性がにじみ出ているチャールズ皇太子です。我々、英国人は恵まれている。なぜなら服装に関心の高い王室が英国にあるから。(注4)サヴィルロウは、ロイヤルパレスからほど近く、ロイヤルワラント(王室御用達)を戴き、保護され、発展してきたのです。最近では(注5)オズワルドやリチャードら新鋭も参入し、活性化してきました。とはいえ、素材もそうであるように、英国のクロージングにこそ本質があり、また、その本質は変わりません。
赤峰  英国素材に触れることは、素材にこだわることがクロージングの第一主義であることを教えてくれる。これからは、英国をお手本のひとつとしながら、日本人のスタンダードを構築することが課題であろう。

(注1) 「エスコリアル」
限られた地域の小さな羊の群れから生産される、希少性のある原毛。年間の生産量も限られているため、高級素材として取り扱われる。「軽さ」「柔らかさ」「伸縮性」がその特徴。


(注2) 「テイラー&ロッジ社」
英国の毛織産地、ハダースフィールドにあるメーカー。120年以上の歴史を持つ名門。


(注3) 「英国素材は重い」
打込がよく、ドライタッチで、ヘビーウェイトなのが英国素材の特徴。エスコリアル素材とは対極的。


(注4) 「サヴィルロウ」
言わずと知れたスーツの聖地。古くからテーラーが集う通りである。王室御用達の店も多い。


(注5) 「オズワルドやリチャード」
英国のデザイナーであるオズワルド・ボーテング、リチャード・ジェームスのこと。他にも新鋭がサヴィルロウに出店し、ニューブリティッシュとして話題を呼んでいる。

 


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写真左が英国毛製品輸出教会の理事長であるピーター・アクロイド氏。英国素材の歴史、そしてトレンドを熟知するキーパーソン。

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アカデミー賞脚本賞を獲得した、ロバート・アルトマン監督作「ゴスフォードパーク」。英国上流階級が描かれ、登場する人物たちの装いはクラシカルでエレガント。まさに、アンダーステイティッドな装いの参考となる映画。

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左がウィリアム ハルステッド、
下がリード&テイラーのエスコリアルのバンチ。
両メーカーは英国を基盤とするエスコリアルギルドのメンバー。

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取材時にアクロイド氏が着用していたジャケット。素材はテイラー&ロッジ社製のエスコリアル。シワになりにくく、かつ、復元力に優れるので出張にもってこいだとのこと。

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エスコリアルの原毛はニュージーランド、オーストラリアのタスマニア島、ビクトリア州で飼育される羊から生産。生産量が極めて少なく、限られたメーカーのみに供給される。軽く、ソフトで、ナチュラルな伸縮性がその特徴。

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品がよくて控えめ、アンダーステイティッドな装いを実践

赤峰氏、アクロイド氏ともに他者への礼儀や敬意を払う控えめな着こなし。アクロイド氏は来日に際し、着用しているネイビーのスーツの他に、ブラキッシュネイビー(黒に近いネイビー)のスーツを持ってきているそうだ。「ワードローブから選び抜かれた少ないアイテムで、いかにうまく着回すか。旅もまた、お洒落のレベルアップには欠かせない」とは赤峰氏の弁。

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今月の赤峰ワードローブ [OCEANS掲載記事]

ロイヤルオックスフォードの白シャツ

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赤峰氏が1976年にWAY-OUTを自由が丘に創業し、初めて英国のデヴィット・ジョン・アンダーソンのロイヤルオックスフォードを手掛けた思い出の一着。ヴィンテージと言えるシャツではあるが、色褪せてしまうどころか、今の時代の気分にぴったりなナローカラー。赤峰氏は比較的、カジュアルなアイテムと合わせて着用することが多いそう。

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2006年05月06日(土)

MEN'S EX 6月号 菊池武夫と赤峰幸生の Be Buffalo Forever! vol.1 [MEN'S EX 掲載記事]

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菊池武夫さんと赤峰幸生さん。
ファッション界の2人の巨匠が毎回テーマをひとつ決め、それに基づいてファッションを披露し語り合う、夢の対談連載。

「今月のテーマ」
紺のブレザーを自分流に着る

プレッピー再燃の波を受け、今年の再注目アイテムとなっている紺のブレザー。巷で騒がれているこのアイテムをファッション界の2人の巨匠は自分流にどう着るのか?紺のブレザーにまつわる思い出話は、いつの間にやらどんどんディープな方向へと進んでいきました。


■ファッション界の巨匠がお手本にしたものは?
日本のファッション界を代表する2人の巨匠、菊池さんと赤峰さんが、紺ブレについて語ります。まずは赤峰さんが、時代を遡って紺ブレとの出会いを話してくださいました。

赤峰(以下赤)  色気づき出したのは中学生になってからですね。学者の叔父がいつもネイビーのブレザーを着ていて、それにレジメンタルのネクタイを合わせているのに触発されまして。その後は渋谷のサカエヤとか、横須賀とか、米軍キャンプの払い下げのものとか、アメリカのブレザーをずっと探していました。'60年代はアメリカからのインフルエンスが強くて、ブレザー、ボタンダウン、レジメンタル、ジャズ、この4つがセットになっていましたからね。マディソン・アヴェニューの男のスタイルに対しての憧れがあって、アメリカの洗礼を受けながらブレザーに入っていきました。菊池さんはどんな感じだったんですか?
菊池(以下菊)  僕も小さい頃からお洒落に対する意識は強かったですね。ただ、洋服に下駄を合わせたり、シャツに合わせて手拭いを首に巻いたり、ちょっとひねくれていたところはありました。子供のときびっくりしたのは、父親が真っ白なフランネルにストライプのパイピングが入ったブレザーを着ていたことかなぁ。胸にはドイツのワシのワッペンがついていて、随分と派手なのを着ているなって思いました。
  イメージでいうと、ベルリンのオリンピックのユニフォームみたいな感じなんでしょうね。
  そうそう(笑)。ネイビーのブレザーを初めて着たのはそれからずっとあとの20代後半になってからです。ただ、スーツは18歳から着ていました。襟が小さくてノーパッドで肩が狭く、丈も短めのやつです。パンツもピタピタのを穿いて、それにチェッカーブーツを合わせたりしていました。ダクロンとか光っている素材、昔流行りましたよね。そういうのをよく作っていました。
  コンポラが流行った時代ですよね。いわゆる(注1)ピーコック革命の頃で、玉虫のグリーン系で、ポップスでいうと(注2)チャービー・チェッカーとかそのへんがイメージですよね。
  それにソウルの雰囲気が混じっている感じ。赤峰さんと同じ時代ですけど、僕の場合はちょっとハミ出てるっていうのかな。でも全く違うってわけではないんですよね。

■気になっているブレザーは最近あまり見ないフランネル
  28歳で独立して会社を作ったんですけど、当初は元町の(注3)信濃屋のオリジナルのブレザーとかシャツを作っていたんです。
  へぇ、それは凄い。
  当時はイギリスの(注4)フォックスブラザーズのフランネルを使ったブレザーが信濃屋のオリジナルの定番でした。ほかにアクアスキュータムも置いてあって、そっちは薄手のメルトンみたいなカチカチの、ストラッチャン&シュトラウド社っていうフラノ専門の生地メーカーの生地を使っていました。世界ビリヤード選手権のビリヤード台のフエルトを作っているところで、毛並みがもの凄くきれいでしたね。
  最近、フランネルのブレザーって見かけないですよね。でも、自分の中ではフラノがもの凄く気分なんです。そういえば、横浜といえば(注5)ポピーにはよく行きましたね。
  ポピーには当時、ルイ・アームストロングみたいな感じの番頭さんがいて、ネイビーのブレザーにキャンディストライプのボタンダウンシャツを合わせて、黒のニットタイをしていましてね。カッコよかったなぁ。ところで、今日着ていらっしゃる菊池さんのジャケット、くるみボタンを使っていて懐かしいですね。
  これはベルヴェスト製の(注6)40カラッツ&525のオリジナルです。くるみボタンとワッペンがポイントになっています。本当はワッペンじゃなくて本物の刺繍を入れたかったんですけどね。イタリアとかイギリスのクラシックなホテルってバスローブにイニシャルが入っているけど、ああいうのっていいですよね。キラキラしていないところもいい。
  ブレザーは一番の便利モノ、コンビニなアイテムですよね。グレイのパンツに合わせても、あるいは5ポケットパンツに合わせてもいい。ネイビーという色が抑えてくれるので、オールマイティに決まりますから。いわば、男の服の楷書体なんです。字が上手く書けなくなると楷書に戻るみたいな感じで、結局は基本の紺ブレに戻るんですよね。
  時間帯も広いですしね。本当、便利な1着です。いってしまえば、カーディガンみたいなもので、そういうマインドがブレザーというアイテムの役割としてありますよね。ただ、自分にとってネイビーは必需品っていう感覚なので、そこから一歩進むとしたら、今だったらグレイフランネルのブレザーが着たいなぁ。白のフランネルのパンツを合わせてね。2パッチポケットで2つボタンか、ハイの3つボタンかな。夏だったらシルクが入った素材もいいですね。これもやっぱり紺じゃなくてグレイですけど(笑)。
  お洒落ですねぇ。自分の場合、夏場だったらアイリッシュリネンのモイ・ガッシェルっていう生地屋があって、そこってパナマのガチガチの麻が得意なんですよ。麻でも600gくらいあるやつで、裾がクルクル丸まったりしないんです。胸ポケットにサックスのグレイがかったイニシャルを刺繍で入れて、ボタンは白蝶貝でね。それにドリルクロスのバミューダみたいな太めのショトパンツを合わせたいですね。着込んでいって味が出てくるブレザーが昔から好きなんです。
  今日着てらっしゃるブレザーもかなりヘビーウエイトっぽいですよね。

■2人の巨匠が生み出した自分流の着こなしとは?
  '98年頃に(注7)リヴェラーノで仕立てたもので、これも400gくらいあります。あと、確かに菊池さんがおっしゃるように、フラノのブレザーは着たいですね。それもダブルがいい。
  いいですねぇ。ダブルはやたらと新鮮に見えますよね。ビシッと着ているのがカッコいい。といいつつ、キチッとモノを着るのって最近あんまり得意じゃないんです(笑)。だからこうやって袖口をまくったりしてね。それだけで気分的にものすごくラクになる。これって'70年代の終わり頃、シャツだろうが上着だろうが、みんなやっていましたよね。まくるっていうよりはたくし上げる感じでね。その点、赤峰さんは、きっちりしていますね。正統にグレイパンツを合わせていらっしゃる。
  グレイでも明るい色が好きなんです。今日穿いているミディアムグレイでギリギリですね。チャコールは合わせないんです。それなりのコントラストがあるほうが、ネイビーが映えますからね。ベージュのギャバのパンツを合わせて着るのも好きですね。
  ネイビーのブレザーの着こなしといえば、アンディ・ウォーホールが自分の中でももの凄く印象に残っているんです。彼はあれをユニフォーム化していたでしょう。本人と服が見事に調和しているっていうのかな。
  レジメンタルのネクタイを合わせながら、シャツだけは洗いざらしのダンガリーにしちゃうみたいなね。
  そうそう、あのノリが格好よかったですよね。
  今は彼がしていたような芯がないペラペラしたネクタイが気分ですよね。ノットも小さいほうがカッコいい。
  昔のネクタイってみんなそうでしたよね。プックリした感じはなくて3つ巻きの裏無しが当たり前でしたから。
  タイトなシャツのほうが気分だし、ノットも小さいほうが今の気分ですよね。クラシックに紺ブレを着るにしても、合わせを工夫しながら今の時代の気分をどう表現するか、そこが大切なんです。赤いストライプのシャツと赤いネクタイってのも、歳を重ねてきたからできる着こなしで、若い頃はなかなかできませんでしたから(笑)

(注1) 「ピーコック革命」
1960年代後半に起こった、メンズファッションの個性化の動き。日本ではシャツ&ネクタイのカラフル現象が起こりました。


(注2) 「チャビー・チェッカー」
'60年代、日全米に“ツイスト”ダンスブームを巻き起こしたオールディーズ歌手。代表曲は「ザ・ツイスト」、「レッツ ツイスト アゲイン」など。


(注3) 「信濃屋」
日本で最も早くクラシコイタリアの服を展開した横浜・元町の洋品店。ここのバイヤー白井俊夫氏は、ファッション界のゴッドファーザー。


(注4) 「フォックスブラザーズ」
フランネルがあまりにも有名な英国の生地メーカー。フランネルはココのヴィンテージしか使わないっていう頑固なサルトもあるほど。


(注5) 「ポピー」
信濃屋と双璧を成す、元町の老舗洋品店。ここのオリジナルのシャツとネクタイは、当時大人気を呼びました。


(注6) 「40カラッツ&525」
菊池さんがディレクターを務めるブランド&セレクトショップ。青山のショップでは、菊池さんが自らがセレクトしたインポートも展開。


(注7) 「リヴェラーノ」
アントニオ・リヴェラーノ氏率いるフィレンツェのサルト、リヴェラーノ&リヴェラーノのこと。赤峰さんの大のお気に入り。

 



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■(写真右)菊池武夫氏
・菊池さんの必需アイテムのキャスケット
・襟を出して着る40カラッツ&525の白シャツ
・40カラッツ&525のベルヴェスト製紺のブレザー
・シワがナチュラル感を生む40カラッツ&525の白のコットンパンツ
・アディダスのスーパースター
■(写真左)赤峰幸生氏
・KOGENの120双エジプト綿のストライプシャツ
・エディ・モネッティのサテンベースのストライプタイ
・リヴェラーノ&リヴェラーノでス・ミズーラした紺のブレザー
・リヴェラーノ&リヴェラーノでス・ミズーラしたウールパンツ
・ジョン・ロブのスエードシューズ

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約2時間にわたるお二人の対談は、40年前の前にまで遡り、服の話で盛り上がっていました。お互いまるで異なるファッションのように見えつつも、根底では似通っている部分が多々あることを、対談を通して実感された様子でした。

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菊池さん的紺ブレの着こなしテク [MEN'S EX 掲載記事]

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菊池武夫 Takeo Kikuchi
1939年東京都生まれ。'70年にビギを設立。'84年にタケオキクチを発表。2004年に信國太志氏にディレクターを引継ぎ、2005年に自らがディレクターを務める40カラッツ&525を始動。デザインはもちろん、海外でのバイイングも手掛ける、日本ファッション界のカリスマ。

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帽子とストールは欠かせません

帽子とストールは菊池さんの必須アイテム。ラフなスタイルでも、そこそこキッチリした感じに見せてくれるのだそうです。シャツの襟をガバッと出して着るのも菊池さん流。

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シャツ袖を出して着崩します

シャツの袖口も襟同様にガバッと出して着ます。カッチリしすぎず、だらしなくなりすぎず。ジャケットのきっちり感の中にもリラックス感を表現した、菊池さんらしいテクニック!

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センスのよさを感じるくるみボタン

紺ブレのボタンは、金でもなければ銀でもなく、なんとくるみボタン。フォーマルのディテールを日常に落とし込んだ、菊池さんならではのヌキどころです。本当、カッコいい!

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赤峰さん的紺ブレの着こなしテク [MEN'S EX 掲載記事]

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シャツとタイはブルーでなく赤!

イタリアではときたま見かける赤ストライプシャツ&赤のタイも日本では皆無。ノットをキュッと小さく結んでここまでエレガントに着こなせるのは、赤峰さんくらいでは?

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男は大きな背中で語るんです

赤峰さんのこだわりのひとつに「男は背中で語る」というのがあります。これぞダンディな赤峰イズム。こればっかりは真似しようにも人生経験と人間の器の問題なので・・・・・・。

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紺ブレには明るめグレイパンツ

落ち着いたネイビーには、明るめのグレイパンツを選ぶのが赤峰流。トーンはせいぜいこの日穿いていたミディアムグレイまで。パンツのうしろの直線ラインにもこだわります。

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赤峰 幸生 (あかみね ゆきお)

● イタリア語で「出会い」の意のインコントロは、大手百貨店やセレクトショップ、海外テキスタイルメーカーなどの企業戦略やコンセプトワークのコンサルティングを行う。2007年秋冬からは『真のドレスを求めたい男たちへ』をテーマにした自作ブランド「Akamine Royal Line」の服作りを通じて質実のある真の男のダンディズムを追及。平行して、(財)ファッション人材育成機構設立メンバー、繊研新聞や朝日新聞などへの執筆活動も行う。国際的な感覚を持ちながら、日本のトラディショナルが分かるディレクター兼デザイナーとして世界を舞台に活躍。 Men’s Ex、OCEANSに連載。MONOCLE(www.monocle.com)、MONSIEUR(www.monsieur.fr)へも一部掲載中。

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Discover Japan 2017年1月号が発売されました

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