AKAMINE BLOG

メンズファッションディレクター 赤峰 幸生のBLOGです。

2006年08月05日(土)

MEN'S EX 9月号 菊池武夫と赤峰幸生の Be Buffalo Forever! vol.4 [MEN'S EX 掲載記事]

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菊池武夫さんと赤峰幸生さん。
ファッション界の2人の巨匠が毎回テーマをひとつ決め、それに基づいてファッションを披露し語り合う、夢の対談連載。

「今月のテーマ」
この秋気になっているファッションスタイル

今回のロケ地はフィレンツェ。赤峰さんが27年通っているホテルの屋上にて撮影しました。ドゥオモを見渡せる最高のロケーションのもと、アルコールを手にしながらお2人がこの秋気になっているファッションスタイルを披露し、語ってもらいました。今回も話は次第に脱線(笑)。
 

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■(写真左)菊池武夫氏
・ノーブランドのキャスケット
・ルイ・ヴィトンのシルクストール
・40カラッツ&525のタキシードJK&ヴェスト
・40カラッツ&525のレザーベルト
・Gスターのブルージーンズ
・40カラッツ&525別注のレ ユッカスのリザードブーツ

■(写真右)赤峰幸生氏
・Y.アカミネのミリタリージャケット
・リヴェラーノ&リヴェラーノのボタンダウンシャツ
・古着のリーバイスのコーデュロイパンツ
・ストール マンテラッシのスエード製モンクストラップ

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ここアストリアホテルの屋上で11年前からバーテンをしているエミリオ・トーラ氏とシニョール赤峰はすっかり顔馴染み。アルコールを手にフィレンツェの美しい景色を見渡しながらの対談は気分も最高!舌好調!お互い一度話し出すと、なかなか止まりませんでした(笑)。
 

 
■キチッとしたアイテムを土台にして着るのが今の気分
今回の舞台はフィレンツェ。赤峰さんの定宿、アストリアホテルの屋上にて、ドゥオモを背景に撮影を決行。燦々と照りつける強い日差しの中、お2人にひと足早く秋冬のスタイルを披露していただきました。大感謝!
菊池  それにしてもいい眺めですね。
赤峰  フィレンツェに来るときは必ずこのホテルって決めていて、かれこれ27年くらい通っているんです。ところで菊池さん、今日はビシッと決めてらっしゃいますね。。
菊池  ジャケットとヴェストは40カラッツ&525の秋冬の商品です。シャツは春夏ものですけどね。自分の中ではキチッとしたわけでもなくて、これが落ち着いたっていうのかなぁ。今日の撮影のために実は3着持ってきたんですけど、どれもなかなか自分が普段着ている感じにはならなくて。でも、このスタイリングだけはしっくりきたんですよね。
赤峰  あとの2着はどんな感じだったんですか?
菊池  ベージュの(注1)ローデンクロスのファーつきジャケット(注2)カシミアのスペンサージャケット。2つともいいなって思っていたんですけど、着てみるとなんとなく落ち着かなかったんです。
赤峰  スペンサージャケットかぁ。かなりフォーマルな感じですよね?
菊池  そう、ドレスアップした感じです。感覚的には今着ているのと似ているかな。今はジャケットとヴェストとシャツっていうのが気分でして。キチッとしたものを土台にして着たいんです。崩して着ることが多かったので、それを元に戻しつつ、自分なりにいつも着慣れている感じで着たいなって。だから、あえて定番のジーンズを合わせたんです。本当はきれいなパンツを上手く合わせたかったんですけど(笑)、普段そういう格好をしていないから、いざやろうとしても落ち着かないんですよね。
赤峰  色もよく見ると黒ではないんですね。
菊池  実はブルー系が凄く気分でして。黒じゃなくて、とにかく濃いブルー。今日着ているジャケットもヴェストもシャツも、どれも黒ではなくてミッドナイトブルーなんです。
赤峰  先生が言っている気分っていうの、よくわかるなぁ。イギリスのブリティッシュ・ミリタリー・ミュージアムってところに行ったときに、今日着ているジャケットの原型が展示されていましてね。それをヒントに今日的なアレンジを加えたY.アカミネの秋冬の新作です。当然ながらオリジナルは英国製のウールですけど、これはイタリアのコットンを使用しています。
菊池  男の軍服っていうか、ユニフォーム的なものに惹かれる傾向がありますよね。

■2人のジャケットのルーツはサヴィル・ロウにあった!
赤峰  そうですね。サヴィル・ロウって、もともと英国の王室御用達っていうか、高級士官が着る軍服とか、その軍人がセレモニーで着るときのタキシードなんかを作っていたところじゃないですか。クラスの人たちの服を仕立てるのがサヴィル・ロウであって、本来はビジネススーツを作るエリアではないんですよね。言ってしまえば、今日先生が着ているジャケットも、大本でいうとサヴィル・ロウの作りが基本みたいなところがあって、そこに先生なりの解釈で崩したりひねったりしていって生まれたものだと思うんです。そういった意味では2つのルーツって共通しているんですよね。先生はセレモニーの服を自分なりに咀嚼して着こなしていますし、僕は軍服を自分なりの解釈でこなしているっていうか。全く違うスタイルのようにも見えますけど、もとを辿れば同じなんです。それに合わせているのが、先生の場合は5ポケットのブルージーンズで、僕の場合はリーバイスのコーデュロイの5ポケットだったわけです。
菊池  なるほどね。
赤峰  ただ、僕はトラッド畑って言われると正直ムカッとくるんですよね。ベーシックな服は好きですけど、そこに進化していく表現がないと、面白くないですから。ただベーシックなだけのスタイリングにはあまり興味が湧きませんし。
菊池  赤峰さんって第二次大戦以降の世の中全体が希望に満ちている一番いい時期、'50年代から'60年代にかけて青春時代を過ごしてきたわけでしょう。ベースにそういう時代の背景があるから、着こなしひとつにしても、その時代の考え方の薫りっていうのを凄く強く感じるんです。洋服を心の底から楽しんで着ているのがヒシヒシと伝わってくるんですよね。
赤峰  昔ってそういうカッコイイ親父、たくさんいたじゃないですか。彼らの着こなしには自分の着こなしを変化させるヒントみたいなものがあったんですよね。今回、ピッティを見ていて思ったのは、モノをわかって作っているファクトリーと、モノを表層的にしか捉えてなくてそれらしく作っているんだけど踏み込みが足りない洋服と、その差は歴然としているなってこと。
菊池  飽和状態を通り越して何か訴えるものがあるかなって期待も少しはあったんですけど、やっぱり本質的な方向性が見えてこないなっていうのを、確かにもの凄く感じましたね。カッコいい人たちが少なくなってきているから、どこにカッコよさがあったのかっていう、元がわからなくなってしまっているんです。それがぼやけているうちは本当に面白い洋服って作れないでしょうし、それを探すのに1年くらいはかかるのかなって。カッコいいものはいつの時代に見てもカッコいいわけですから、そこに今の社会に合ったものを入れていけばいいだけなんです。もうひとつ思うのは、人間的なカッコよさって凄く大切だなっていうこと。洋服って単なる服ってわけではなくて、着る人にも左右されるものですから。
赤峰  それはいえますよね。

■継続から学ぶことって凄くたくさんある
菊池  赤峰さんはホテルひとつにしても長い間ずっと同じところに泊まっているわけじゃないですか。1回掴んだものを大事にしているっていうのかな。それってなかなか真似できないことです。僕なんかは振り回されるのをよしとしている部分もあって、自分の中でいつか元に戻ればいいやっていうのがあるんですけど、それを長年やっていると、上手く蓄積できていなかったりするんです。赤峰さんを見ていると、しっかり蓄積されている。そういう部分というかスピリットが、洋服の着こなしにも表れているんですよね。
赤峰  今、そういうのが認められる時代になってきていますよね。立ち居振る舞いって言葉がありますけど、東洋人はそういった概念が希薄ですよね。フォークとナイフを行儀よく持ちすぎているのが逆にカッコ悪かったり。フォークやナイフひとつにしても、ヨーロッパの人たちの使い方を目の当たりにすることが大切だと思うんです。彼らの文化の中で、彼らと同じことを同じように繰り返していくことで、そのうちにそれが自分の中に自然と染み付いてきますから。フィレンツェのドゥオモのそばに、レストランのお皿を洗うおばさんとか仕立て屋が着る白衣だけを、ずっと作り続けているお店があるんです。20ユーロくらいだったかな。そこで(注3)白衣を買ったんですけど、80年間全くカタチを変えてないそうです。日本だとポリエステルしかないんですけど、もちろん綿のギャバですよ。あれに刺繍とか入れたら受けると思うんだよなぁ。
菊池  あれ、学生の頃に憧れましたよ。ジバンシーが白いのを着ていて、その後はサンローランも着ていましたよね。
赤峰  パッと見た目はフツウの作業着なんですけどね。でも、僕が目指す究極って、パッと見はフツウなんだけど、よく見るとフツウじゃないっていうスタイルなんです。
菊池  赤峰さんはもう十分その域に達してるじゃないですか。僕はそれとは真逆だからなぁ(笑)。

 

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(注1) 「ローデンクロスのファーつきジャケット」
オーストラリアのチロル地方に16世紀から伝わる、毛足の長い厚手のウール。撥水性や防風性に優れている。一般的にはモスグリーン色のが有名。襟と袖口には着脱可能なカルガンラムの毛皮を使用。
ローデンクロス地のJK15万7500円(40カラッツ&525 電話03-3408-8562)

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(注2) 「カシミアのスペンサージャケット」
スペンサージャケットは、燕尾服のウエストラインからすっぽり切り落としたようなデザインの礼服。これを菊池さんはカシミア素材でアレンジ。贅沢にもカシミア100%。
リッチな雰囲気漂うスペンサーJK。26万2500円(40カラッツ&525 電話03-3408-8562)

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(注3) 「白衣」
伊でも多くの職業の人たちに着られている白衣。「完成された作業着は個々のディテールに理由があり、モノ作りのヒントがある」と赤峰さん。こちらが80年間全く変わらずにフィレンツェのお店で作り続けられている白衣。素材もずっと変わらず今なお綿のギャバジン。
赤峰さんの私物

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菊池さん的秋冬の着こなしテク [MEN'S EX 掲載記事]

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ルイ・ヴィトンのストールです

菊池さんといえば、帽子と巻もの。今回もセットになっていますが、こちらのストールはなんとモノグラム柄を配したシルクシフォンのルイ・ヴィトン。さりげなさが◎です。

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白のグローブでグンと格調高く

ミッドナイトブルーに映える、白のレザーグローブ。ググっと全体をフォーマルな印象に導いてくれます。こういう小物使いの上手さが、菊池さんの着こなしを支えています。

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パンツはあえてジーンズをセレクト

写真のタキシードジャケットはヴェストもパンツも単品で展開。が、菊池さんはパンツは合わせずに、ジーンズをセレクトしてわざとハズしています。これまた氏ならではの選択。

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赤峰さん的秋冬の着こなしテク [MEN'S EX 掲載記事]

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スロートタブでアクセントを!

英国のミリタリーJKがベースのこちらは、スロートタブを装備。赤峰さん的には、スロートタブだけ留めてAラインで着るのもありだとか。服がシンプルだけに小技は効果的。

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シンプルにカバーオール感覚で

もちろん、前を留めて着るのもオススメです。イタリアのコットン素材で絶妙にアレンジしているので、秋口には上品なカバーオール感覚でサラリと着ることができます。

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シャツの袖口をさりげなく折ります

ジャケットの袖口から覗くシャツのカフをさりげなく折り返しています。着こなしにニュアンスをつける、イタリア人も真っ青の、赤峰さんの十八番テクニックです。サスガ!

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2006年07月06日(木)

MEN'S EX 8月号 菊池武夫と赤峰幸生の Be Buffalo Forever! vol.3 [MEN'S EX 掲載記事]

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菊池武夫さんと赤峰幸生さん。
ファッション界の2人の巨匠が毎回テーマをひとつ決め、それに基づいてファッションを披露し語り合う、夢の対談連載。

「今月のテーマ」
ジーンズで築くカジュアルスタイル

カジュアルなスタイルを築くうえで、真っ先に思い浮かぶアイテムといえば、ジーンズ。
永遠のマストアイテムともいえるジーンズの2人の選択基準とは?2人のジーンズのルーツとは?
そして、今日のスタイルに至った経緯を語ってもらいました。



■映画から着こなしを無意識のうちに学んできた
赤峰  先生がジーンズを穿かれるようになったのはいつ頃からですか?
菊池  小学生。戦争が終わってすぐですね。アメリカの将校がウチに1年半くらい住んでたんですよ。そのときレコードとか雑誌とか洋服とか、当時まだ貴重だったものがたくさんあって、それでジーンズを穿いていたんです。多分リーバイスだったと思うんですけど、当時は小さかったですから、さすがにブランドまでは覚えてないな。
赤峰  その頃はまだ誰もジーンズなんて穿いてないですから、相当早いですよね。僕がジーンズを穿きだしたのは、中学2年生くらいです。生まれが学芸大学だったでしょう。渋谷の恋文横丁にサカエヤっていう古着屋があって、そこにはよく行きました。リーバイスは高校に入ってからで、高校ぞ代はもうずっとリーバイス。ただ、不思議とアメ横には行きませんでしたね。
菊池  僕はアメ横でした。アメ横で新品買って、風呂の中で洗えっていわれていたから、穿いたまま入ってタワシでこすったりして(笑)。そういうことはしましたね。でも、このときもブランドは見なかったな。やっぱりリーバイスだったのかな?
赤峰  ほとんどリーバイスで、それかリー。どっちかですよね。ラングラーはもっとずっとあとですから。
菊池  だいぶあとですよね。
赤峰  '60年代に入ってからですよね。ジーンズというアイテム自体が、カウボーイのワークウェアみたいなものですから。その機能性っていうのは世界万人に共通ですよね。一番の思い出は、高校生の頃、今の国立競技場のところにアメリカンハイツっていうのがあって、当時そこの将校の娘さんと付き合ってたんですけど、彼女がPXで色々と買ってきてくれるんです。それが嬉しくてね(笑)。
菊池  ところで赤峰さんが若かった頃に参考にした人っているんですか?
赤峰  (注1)スティーブ・マックイーンの若い頃とか、意識まではしてないけど、カッコいいなってのはありました。砂埃がついているようなジーンズのカッコよさみたいな。あとは「パパ大好き」って映画に出ていたフレッド・マクマレイって役者がいたんですけど、彼なんかジーンズとかチノパン穿いていて、それもカッコよかったなぁ。
菊池  僕の場合は(注2)ジョン・ウェインの出世作の「駅馬車」ですね。あれは確かリーバイスでしたよね。彼はキチッと穿いていてダラーンとしてないんです。それが妙に印象的でした。
赤峰  そういえば、マックイーンはリーでした。ピケのジーンズとか。結構股上が深くてね。ケツの格好がよくないと、リーってこなせないですよね。
菊池  でも、リーのうほうが脚はきれいに見えますよね。ピーンとしてるっていうのかな。カウボーイっていうかウエスタン映画の影響って結構受けたかもしれない。
赤峰  それはかなりありましたね。
菊池  (注3)ジョエル・マクリーだとか(注4)ヘンリー・フォンダとかね。3つ上の兄貴がいるんですけど、彼はカウボーイの格好が好きで、自分で作ってましたよ。その影響もあったんだろうな。
赤峰  僕も同じように小学校のランドセルでホルスター作っちゃって。オフクロにえらく怒られたなぁ(笑)。アメ横でピースメーカーを買ってきて、ジーンズに挿して遊んでましたね。西部劇ごっこの時代でしたから。

■ジーンズは前でなく後ろこそが勝負
赤峰  アンソニー・パーキンスの「のっぽ物語」っていうのがあって、シルエットのきれいさとか、雰囲気がありましたよね。昔は洗いのジーンズっていうのはなくて、インディゴの落ちてない濃いのが普通でしたから。'70年代になってようやく色落ちしたのが出てきたんです。
菊池  あと、(注5)マーロン・ブランドの「乱暴者」ってあるでしょう。あのときの彼はこんなにロールアップしていて、「駅馬車」のジョン・ウェインもロールアップしていましたね。僕もいつもロールアップしてるんですけど、きっとそこからの影響なんでしょうね。映画からの影響は確かにあります。
赤峰  '50年代、'60年代、'70年代ってのは男の服の黄金期みたいなところがあって、そこには原点があるんですよね。それを超える時代を感じられないんですよね。音楽も映画もそうだし、ファッションもそうだけど、今のは辿っていくと、結局は焼き直しなんです。
菊池  我々くらいの年代だと、ほとんどのものをリアルタイムで通ってますよね。実は、'70年のアタマに世界を回ったんです。出ていったときはデニムの細いパンツだったんですけど、帰ってきたときはベルボトムが世界を席巻していましてね。ショックを受けましたね。当時ビギを始めたばかりで、日本に帰ってからすぐに作りましたよ。
赤峰  リアルタイムの時代ってモノがあまりなかったじゃないですか。だから手に入れたらモノの匂いまで嗅ぐっていうか、そういうところからもカルチャーショックを受けていたんですよね。ところで、ジーンズのブランドもここ10年くらいで一気に増えましたよね。
菊池  そうそう。だいぶ前ですけど、アムステルダムに行ったときに、はじめてGスターを見たんですよ。そこの店員がもの凄くカッコよかったんです。そのとき初めてリーバイス以外にも凄くカッコいいのがあるなって。そこからGスターを好きになってしまったんですよ。今でも新しいブランドを見つけると興奮しちゃうんですよね。リーバイスがレッドを始めたときも、もの凄く影響を受けました。
赤峰  僕もブルー以外のジーンズはいろいろと穿きますよ。でもブルージーンズはリーバイスのヴィンテージしか穿かないんです。ニューヨークとか行ってもサウスブロンクスとかヤバイところまで足を運んで、その大木があるんじゃないかって探して、そこからさらに上を辿ってこれ以上ないところまで探しますから。
菊池  赤峰さんのそのパワーは本当に凄いですよね。
赤峰  今、リーバイスは9本持ってるけど、どれ穿いてくるか迷ったんですよ。でもどれを選んでもあんまり変わらないから、いいかって(笑)。
菊池  本当、対照的ですよね。
赤峰  根っこは同じなんですけどね。
菊池  そうそう、生地なんかでも根っこは本当同じ(笑)。
赤峰  若い頃に触発されたものはほとんど同じですから。お互いにメジャーに対するアンチテーゼみたいなものをもっていますよね。意識としては新しいメジャーを作りたいっていうのがあって、でもそれが出来上がっちゃうと飽きちゃうんです。で、次のマイナーを探してメジャーを作りたいっていうのがありますよね。
菊池  まさにそのとおり!それは絶対にあります。
赤峰  ところで、菊池先生は普段からジーンズを穿かれることが多いんですか?
菊池  僕はほとんど毎日スニーカー履いてますから、いつもジーンズです。なかでもダボッとしたのが好きなんです。若い人って腰穿きしているでしょう。あれ、僕もついついやっちゃうんです。同じ年代でも対照的ですよね。
赤峰  僕の場合、ジーンズを穿くときは膝の裏のシワを絶対にプレスしてシワを出さないようにしています。ジーンズはバックサイドが命ですから。黒人とかケツがピーンと張っていて、カッコイイですものね。
菊池  僕も選ぶ際は、後ろだけをチェックします。前より絶対後ろ。
赤峰  あと、上はドレッシーなものを着るっていうコントラストのほうが多いかもしれません。素材感の違うものを合わせるのが好きなんです。ジーンズにダンガリーのシャツとかは絶対に合わせません。やっぱりジーンズにには白シャツが似合うと思うんです。アメリカだとブルーにピンクとかマドラスチェックを合わせたりしますけど、ジーンズのときはやっぱり白なんです。
菊池  僕もそれは同感だな。

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(注1) 「スティーブ・マックイーン」
1932〜1980年。アメリカンカジュアルの着こなしの教科書的存在。映画「大脱走」や「ブリット」が代表作。

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(注2) 「ジョン・ウェイン」
1907〜1979年。“デューク”の愛称で親しまれた名優。戦争映画や西武劇に出演し、映画「駅馬車」が有名。

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(注3) 「ジョエル・マクリー」
1905〜1990年。多くの西部劇に出演した。なかでも「昼下りの決斗」での“いぶし銀”な名演技で知られる。

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(注4) 「ヘンリー・フォンダ」
1905〜1982年。ジェーン、ピーター・フォンダの父。'81年の「黄昏」でアカデミー主演男優賞を受賞。

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(注5) 「マーロン・ブランド」
1924〜2004年。映画「乱暴者」で反抗的な若者を演じて人気に。「波止場」、「ゴッドファーザー」が有名。

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■(写真右)菊池武夫氏
・目黒川沿いの帽子屋ライディングハイで購入したキャスケット
・ジレッリ ブルーニの鹿の子素材シャツ
・伊のシューズブランドMOMAのシアサッカージャケット
・Gスターのジーンズ
・ベルリンで購入したアディダスのスーパースター
■(写真左)赤峰幸生氏
・リヴェラーノ&リヴェラーノでス・ミズーラしたリネンシャツ
・10年前にミラノのクランで購入した同店のオリジナルベルト
・'60年代前半製のヴィンテージのリーバイス501XX
・リヴェラーノ&リヴェラーノでス・ミズーラしたウールパンツ
・8年前に購入したコンバースのオールスター

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お2人が大好きだという山の上ホテルのバー「ノンノン」にて。
お互いジーンズ歴はかなり長いため、対談はいつになくヒートアップ。知らない話がたくさん出てきて、周りの撮影スタッフも感心しきりでした。

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菊池さん的ジーンズの着こなしテク [MEN'S EX 掲載記事]

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シャツはパンツの外に出します

白シャツをジーンズの外に出して適度にチカラの抜けた感じを表現しながらも、JKを羽織っているから決してだらしなくは見えない。その絶妙なさじ加減は菊池さんならではです。

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ルーズフィットでさりげなく腰穿き

菊池さんは腰に引っ掛ける感じで穿くのが好み。保守的にならず、新しい感覚を積極的に取り入れているあたりはサスガです。ちなみにGスターは、バックスタイルもお気に入り。

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裾は控えめにロールアップ

ジーンズは昔からずっとロールアップして穿いているそうです。「乱暴者」のマーロン・ブランドなど、映画からの影響も無意識のうちにあったのでは、とおっしゃっていました。

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赤峰さん的ジーンズの着こなしテク [MEN'S EX 掲載記事]

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シャツの袖口はきれいに捲ります

ジーンズのときは上を上品な感じに合わせるのが赤峰流。その際、シャツの袖口はきれいに捲ります。腕にしているのはティファニーの'60年代製のアンティークウォッチ。

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白シャツをインするのが定番

ブルージーンズに関してはリーバイスの、それもヴィンテージだけしか穿かないというこだわりよう。白シャツを合わせることが多いそうで、シャツは必ずジーンズインします。

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紐の通し方で“ひとひねり”

オールスターの紐の通し方を見てください。定番中の定番アイテムを使っていながら、しっかり目を引く遊び心を見せるあたりはサスガです。これぞミスター・アカミネイズム!

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2006年05月06日(土)

MEN'S EX 6月号 菊池武夫と赤峰幸生の Be Buffalo Forever! vol.1 [MEN'S EX 掲載記事]

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菊池武夫さんと赤峰幸生さん。
ファッション界の2人の巨匠が毎回テーマをひとつ決め、それに基づいてファッションを披露し語り合う、夢の対談連載。

「今月のテーマ」
紺のブレザーを自分流に着る

プレッピー再燃の波を受け、今年の再注目アイテムとなっている紺のブレザー。巷で騒がれているこのアイテムをファッション界の2人の巨匠は自分流にどう着るのか?紺のブレザーにまつわる思い出話は、いつの間にやらどんどんディープな方向へと進んでいきました。


■ファッション界の巨匠がお手本にしたものは?
日本のファッション界を代表する2人の巨匠、菊池さんと赤峰さんが、紺ブレについて語ります。まずは赤峰さんが、時代を遡って紺ブレとの出会いを話してくださいました。

赤峰(以下赤)  色気づき出したのは中学生になってからですね。学者の叔父がいつもネイビーのブレザーを着ていて、それにレジメンタルのネクタイを合わせているのに触発されまして。その後は渋谷のサカエヤとか、横須賀とか、米軍キャンプの払い下げのものとか、アメリカのブレザーをずっと探していました。'60年代はアメリカからのインフルエンスが強くて、ブレザー、ボタンダウン、レジメンタル、ジャズ、この4つがセットになっていましたからね。マディソン・アヴェニューの男のスタイルに対しての憧れがあって、アメリカの洗礼を受けながらブレザーに入っていきました。菊池さんはどんな感じだったんですか?
菊池(以下菊)  僕も小さい頃からお洒落に対する意識は強かったですね。ただ、洋服に下駄を合わせたり、シャツに合わせて手拭いを首に巻いたり、ちょっとひねくれていたところはありました。子供のときびっくりしたのは、父親が真っ白なフランネルにストライプのパイピングが入ったブレザーを着ていたことかなぁ。胸にはドイツのワシのワッペンがついていて、随分と派手なのを着ているなって思いました。
  イメージでいうと、ベルリンのオリンピックのユニフォームみたいな感じなんでしょうね。
  そうそう(笑)。ネイビーのブレザーを初めて着たのはそれからずっとあとの20代後半になってからです。ただ、スーツは18歳から着ていました。襟が小さくてノーパッドで肩が狭く、丈も短めのやつです。パンツもピタピタのを穿いて、それにチェッカーブーツを合わせたりしていました。ダクロンとか光っている素材、昔流行りましたよね。そういうのをよく作っていました。
  コンポラが流行った時代ですよね。いわゆる(注1)ピーコック革命の頃で、玉虫のグリーン系で、ポップスでいうと(注2)チャービー・チェッカーとかそのへんがイメージですよね。
  それにソウルの雰囲気が混じっている感じ。赤峰さんと同じ時代ですけど、僕の場合はちょっとハミ出てるっていうのかな。でも全く違うってわけではないんですよね。

■気になっているブレザーは最近あまり見ないフランネル
  28歳で独立して会社を作ったんですけど、当初は元町の(注3)信濃屋のオリジナルのブレザーとかシャツを作っていたんです。
  へぇ、それは凄い。
  当時はイギリスの(注4)フォックスブラザーズのフランネルを使ったブレザーが信濃屋のオリジナルの定番でした。ほかにアクアスキュータムも置いてあって、そっちは薄手のメルトンみたいなカチカチの、ストラッチャン&シュトラウド社っていうフラノ専門の生地メーカーの生地を使っていました。世界ビリヤード選手権のビリヤード台のフエルトを作っているところで、毛並みがもの凄くきれいでしたね。
  最近、フランネルのブレザーって見かけないですよね。でも、自分の中ではフラノがもの凄く気分なんです。そういえば、横浜といえば(注5)ポピーにはよく行きましたね。
  ポピーには当時、ルイ・アームストロングみたいな感じの番頭さんがいて、ネイビーのブレザーにキャンディストライプのボタンダウンシャツを合わせて、黒のニットタイをしていましてね。カッコよかったなぁ。ところで、今日着ていらっしゃる菊池さんのジャケット、くるみボタンを使っていて懐かしいですね。
  これはベルヴェスト製の(注6)40カラッツ&525のオリジナルです。くるみボタンとワッペンがポイントになっています。本当はワッペンじゃなくて本物の刺繍を入れたかったんですけどね。イタリアとかイギリスのクラシックなホテルってバスローブにイニシャルが入っているけど、ああいうのっていいですよね。キラキラしていないところもいい。
  ブレザーは一番の便利モノ、コンビニなアイテムですよね。グレイのパンツに合わせても、あるいは5ポケットパンツに合わせてもいい。ネイビーという色が抑えてくれるので、オールマイティに決まりますから。いわば、男の服の楷書体なんです。字が上手く書けなくなると楷書に戻るみたいな感じで、結局は基本の紺ブレに戻るんですよね。
  時間帯も広いですしね。本当、便利な1着です。いってしまえば、カーディガンみたいなもので、そういうマインドがブレザーというアイテムの役割としてありますよね。ただ、自分にとってネイビーは必需品っていう感覚なので、そこから一歩進むとしたら、今だったらグレイフランネルのブレザーが着たいなぁ。白のフランネルのパンツを合わせてね。2パッチポケットで2つボタンか、ハイの3つボタンかな。夏だったらシルクが入った素材もいいですね。これもやっぱり紺じゃなくてグレイですけど(笑)。
  お洒落ですねぇ。自分の場合、夏場だったらアイリッシュリネンのモイ・ガッシェルっていう生地屋があって、そこってパナマのガチガチの麻が得意なんですよ。麻でも600gくらいあるやつで、裾がクルクル丸まったりしないんです。胸ポケットにサックスのグレイがかったイニシャルを刺繍で入れて、ボタンは白蝶貝でね。それにドリルクロスのバミューダみたいな太めのショトパンツを合わせたいですね。着込んでいって味が出てくるブレザーが昔から好きなんです。
  今日着てらっしゃるブレザーもかなりヘビーウエイトっぽいですよね。

■2人の巨匠が生み出した自分流の着こなしとは?
  '98年頃に(注7)リヴェラーノで仕立てたもので、これも400gくらいあります。あと、確かに菊池さんがおっしゃるように、フラノのブレザーは着たいですね。それもダブルがいい。
  いいですねぇ。ダブルはやたらと新鮮に見えますよね。ビシッと着ているのがカッコいい。といいつつ、キチッとモノを着るのって最近あんまり得意じゃないんです(笑)。だからこうやって袖口をまくったりしてね。それだけで気分的にものすごくラクになる。これって'70年代の終わり頃、シャツだろうが上着だろうが、みんなやっていましたよね。まくるっていうよりはたくし上げる感じでね。その点、赤峰さんは、きっちりしていますね。正統にグレイパンツを合わせていらっしゃる。
  グレイでも明るい色が好きなんです。今日穿いているミディアムグレイでギリギリですね。チャコールは合わせないんです。それなりのコントラストがあるほうが、ネイビーが映えますからね。ベージュのギャバのパンツを合わせて着るのも好きですね。
  ネイビーのブレザーの着こなしといえば、アンディ・ウォーホールが自分の中でももの凄く印象に残っているんです。彼はあれをユニフォーム化していたでしょう。本人と服が見事に調和しているっていうのかな。
  レジメンタルのネクタイを合わせながら、シャツだけは洗いざらしのダンガリーにしちゃうみたいなね。
  そうそう、あのノリが格好よかったですよね。
  今は彼がしていたような芯がないペラペラしたネクタイが気分ですよね。ノットも小さいほうがカッコいい。
  昔のネクタイってみんなそうでしたよね。プックリした感じはなくて3つ巻きの裏無しが当たり前でしたから。
  タイトなシャツのほうが気分だし、ノットも小さいほうが今の気分ですよね。クラシックに紺ブレを着るにしても、合わせを工夫しながら今の時代の気分をどう表現するか、そこが大切なんです。赤いストライプのシャツと赤いネクタイってのも、歳を重ねてきたからできる着こなしで、若い頃はなかなかできませんでしたから(笑)

(注1) 「ピーコック革命」
1960年代後半に起こった、メンズファッションの個性化の動き。日本ではシャツ&ネクタイのカラフル現象が起こりました。


(注2) 「チャビー・チェッカー」
'60年代、日全米に“ツイスト”ダンスブームを巻き起こしたオールディーズ歌手。代表曲は「ザ・ツイスト」、「レッツ ツイスト アゲイン」など。


(注3) 「信濃屋」
日本で最も早くクラシコイタリアの服を展開した横浜・元町の洋品店。ここのバイヤー白井俊夫氏は、ファッション界のゴッドファーザー。


(注4) 「フォックスブラザーズ」
フランネルがあまりにも有名な英国の生地メーカー。フランネルはココのヴィンテージしか使わないっていう頑固なサルトもあるほど。


(注5) 「ポピー」
信濃屋と双璧を成す、元町の老舗洋品店。ここのオリジナルのシャツとネクタイは、当時大人気を呼びました。


(注6) 「40カラッツ&525」
菊池さんがディレクターを務めるブランド&セレクトショップ。青山のショップでは、菊池さんが自らがセレクトしたインポートも展開。


(注7) 「リヴェラーノ」
アントニオ・リヴェラーノ氏率いるフィレンツェのサルト、リヴェラーノ&リヴェラーノのこと。赤峰さんの大のお気に入り。

 



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■(写真右)菊池武夫氏
・菊池さんの必需アイテムのキャスケット
・襟を出して着る40カラッツ&525の白シャツ
・40カラッツ&525のベルヴェスト製紺のブレザー
・シワがナチュラル感を生む40カラッツ&525の白のコットンパンツ
・アディダスのスーパースター
■(写真左)赤峰幸生氏
・KOGENの120双エジプト綿のストライプシャツ
・エディ・モネッティのサテンベースのストライプタイ
・リヴェラーノ&リヴェラーノでス・ミズーラした紺のブレザー
・リヴェラーノ&リヴェラーノでス・ミズーラしたウールパンツ
・ジョン・ロブのスエードシューズ

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約2時間にわたるお二人の対談は、40年前の前にまで遡り、服の話で盛り上がっていました。お互いまるで異なるファッションのように見えつつも、根底では似通っている部分が多々あることを、対談を通して実感された様子でした。

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菊池さん的紺ブレの着こなしテク [MEN'S EX 掲載記事]

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菊池武夫 Takeo Kikuchi
1939年東京都生まれ。'70年にビギを設立。'84年にタケオキクチを発表。2004年に信國太志氏にディレクターを引継ぎ、2005年に自らがディレクターを務める40カラッツ&525を始動。デザインはもちろん、海外でのバイイングも手掛ける、日本ファッション界のカリスマ。

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帽子とストールは欠かせません

帽子とストールは菊池さんの必須アイテム。ラフなスタイルでも、そこそこキッチリした感じに見せてくれるのだそうです。シャツの襟をガバッと出して着るのも菊池さん流。

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シャツ袖を出して着崩します

シャツの袖口も襟同様にガバッと出して着ます。カッチリしすぎず、だらしなくなりすぎず。ジャケットのきっちり感の中にもリラックス感を表現した、菊池さんらしいテクニック!

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センスのよさを感じるくるみボタン

紺ブレのボタンは、金でもなければ銀でもなく、なんとくるみボタン。フォーマルのディテールを日常に落とし込んだ、菊池さんならではのヌキどころです。本当、カッコいい!

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赤峰さん的紺ブレの着こなしテク [MEN'S EX 掲載記事]

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シャツとタイはブルーでなく赤!

イタリアではときたま見かける赤ストライプシャツ&赤のタイも日本では皆無。ノットをキュッと小さく結んでここまでエレガントに着こなせるのは、赤峰さんくらいでは?

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男は大きな背中で語るんです

赤峰さんのこだわりのひとつに「男は背中で語る」というのがあります。これぞダンディな赤峰イズム。こればっかりは真似しようにも人生経験と人間の器の問題なので・・・・・・。

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紺ブレには明るめグレイパンツ

落ち着いたネイビーには、明るめのグレイパンツを選ぶのが赤峰流。トーンはせいぜいこの日穿いていたミディアムグレイまで。パンツのうしろの直線ラインにもこだわります。

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赤峰 幸生 (あかみね ゆきお)

● イタリア語で「出会い」の意のインコントロは、大手百貨店やセレクトショップ、海外テキスタイルメーカーなどの企業戦略やコンセプトワークのコンサルティングを行う。2007年秋冬からは『真のドレスを求めたい男たちへ』をテーマにした自作ブランド「Akamine Royal Line」の服作りを通じて質実のある真の男のダンディズムを追及。平行して、(財)ファッション人材育成機構設立メンバー、繊研新聞や朝日新聞などへの執筆活動も行う。国際的な感覚を持ちながら、日本のトラディショナルが分かるディレクター兼デザイナーとして世界を舞台に活躍。 Men’s Ex、OCEANSに連載。MONOCLE(www.monocle.com)、MONSIEUR(www.monsieur.fr)へも一部掲載中。

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Akamine Royal Lineのお客様ご紹介

Akamine Royal Lineのお客様ご紹介

OCEANS 4月号連載 AKAMINE STYLE 目覚めよ、日本の男たち!

OCEANS 4月号連載 AKAMINE STYLE 目覚めよ、日本の男たち!

OCEANS 5月号連載 AKAMINE STYLE 目覚めよ、日本の男たち!

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