2013年11月05日(火)
朝日新聞be on Saturday " 赤峰幸生の男の流儀 「トレンチ風呂漬け事件 2013年11月2日(土)掲載" [朝日新聞掲載記事]
中学生のころから洋画に傾倒していた私は、スクリーンの中にいる渋い男たちのコート姿に憧れていました。
ハンフリー・ボガート、ジャン・ギャバン、クルト・ユルゲンス……。
彼らが着慣れた様子でトレンチコートやステンカラーコートをはおる姿は、とにかく格好良かった。長い裾を翻す姿の男らしさといったら……私のお手本だったのです。
社会学者の叔父、清水幾太郎がトレンチコートを着ていた姿も身近な手本でした。それは英国のバーバリーのもので、舶来品をいち早く日本に紹介した東京・日本橋の丸善で手にいれたもののようでした。
いつか自分もという気持ちを募らせてアルバイトに励み、お金を蓄えました。母のへそくりから援助を得て、ようやく手にいれたのは、高校3年生のことでした。大事に抱えて帰った箱からトレンチを出し、何度も鏡の前でポーズを取ったことを覚えています。
でも、いま一つ、銀幕の中でいた男たちのように「味わい」がない。そこで私は新品のバーバリーを風呂の残り湯にドボドボと沈めてみたのです。いち早く着込んでこなれた味を手に入れるには、やってみずにはいられませんでした。
そこを母に見つかりました。「何をしているの!いい加減にしなさい!」と怒られたのは言うまでもありません。風呂漬けの結果、たいして変化がないこともわかり、やはり着込んでこその味わいだと確信した次第です。
このバーバリーを着ては当時の遊び場である渋谷に友人と出かけ、シャンソンやジャズを流す喫茶店をたずね歩きました。路上の電柱に隠れては、映画の主人公になり切って、刑事ごっこをよくしたものでした。
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2013年10月29日(火)
サザエさんをさがして 2013年10月26日(土)掲載 [朝日新聞掲載記事]
朝日新聞土曜版「be」には、サザエさんの題材まつわる記事が毎号掲載されています。
今回のお題は1969年3月7日の掲載作「タートルネック」。
赤峰がタートルネックのルーツなどについて語っております。
街角や電車内で、外国人に話しかけられたら、どうしますか。外国語が達者ならともかく、多くの日本人は困惑するのでは。今回の掲載作でマスオは、とっさにセーターで顔をかくしてしまう。こんな芸当ができるのは、タートルネックだからだ。
そこで、青b「男の流儀 粋を極める」でおなじみのファッションディレクター赤峰幸生さんに、タートルネックのイロハを教わりに行った。
赤峰さんによると、タートルネックは19世紀後半、英仏海峡にあるガーンジー島の漁師の仕事着がルーツらしい。寒い海で働く父や夫の防寒、防風のために、島の女たちはセーターの首の部分を長く編み上げた。それぞれの家ごとに編む模様が違ったという。「遭難したときの身元確認のため、という悲しい歴史があります」と赤峰さん。
実用品だったタートルネックはおしゃれの面でも注目され、日本でも1950年代後半あたりから、愛用者が増えてきた。「三島由紀夫、黒澤明、伊丹十三……。アート系やフリーランスの人が多かった。組織と一定の距離を持つ証しでしょうか」。在野の歴史家で「都市の論理」で一世を風靡した羽仁五郎も、タートルネックが似合う男だった。
偶然だが、掲載作と同じ日付のアサヒグラフに「怒れる老人 羽仁五郎」という特集があった。当時は大学紛争が真っ盛り、キャンパスはヘルメット学生であふれていた。そこに、ソフト帽、丈の長いコート、白いタートルネックの羽仁五郎が現れ、マイクを握ると、座り込んだ学生から「異議なし!」の声がとぶ。
記事は「東に大学の紛争があれば、最後の勝利は君たちのものだとはげまし、西に教室の封鎖があれば、がんばり給えと訴えにかけつける。(略)歴史学者・羽仁五郎氏は、白いタートルネックもさっそうと、バリケードの大学を今日も行く」という文で始まる。
「たしかに大学紛争の頃から、父はよくタートルネックを着ていました。学生に呼ばれて講演に行くときは、いつも白いタートルネックでした」と長男で映画監督の羽仁進さん(85)は回想する。ネクタイに象徴される体制への反抗の意味もあった。白が多かったのは「白のタートルネックは、自分を励ます、胸を張って生きる、という気持ちの表れだったように思います。父は自分に自信を持っていましたから」。
作家・吉岡忍さん(65)もタートルネックを愛用した。その頃はやったサファリジャケットにタートルネックはよく合った。「おしゃれというより、ずぼらだったからかな。でも、タートルネックは素肌の上に着るから、フィット感、肌感覚が、人にも世の中に対しても素の自分を見せたい、という当時の自分の気持ちにつながっていたように思う」
ところで、赤峰さんは掲載作を見て「もしかしたら長谷川町子さんは、『大人は判ってくれない』に影響されたのかな」と言う。ヌーベルバーグの映画監督フランソワ・トリュフォーの長編デビュー作「大人は判ってくれない」(59年)は、反抗期の少年を描いた映画で、当時、日本でも評判になった。さっそくビデオを借りてきた。
いつも黒っぽいタートルネックのセーターを着ている少年が、盗みで警察に捕まって署の留置場に入れられる。そこでタートルネックを鼻のあたりまで引き上げ、外界とのコミュニケーションを拒絶する印象的なシーンがあった。マスオも、いささか子供っぽいが、コミュニケーション拒否の意思表示だ。赤峰さんの想像通りだとしたら、長谷川町子さんは、かなりの洋画通だったことになる。
(牧村健一郎)
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2013年10月21日(月)
朝日新聞be on Saturday " 赤峰幸生の男の流儀 「スロー」が生む価値 2013年10月19日(土)掲載" [朝日新聞掲載記事]
東京・碑文谷で生まれ、今日まで東京に生きてきました。少年時代に遊んだ古き良き渋谷は、恋文横丁や百貨店など、風景に風情がありました。
でもこのごろは、何だか「うっとおしい」としか形容しようがない気分に包まれています。
「カントリージェントルマン」を考える岡山県新庄村の若者に、現地に招かれるなどしているうちに、都会の閉塞感を感じるようになりました。
東京都港区に置いていた我が社のオフィスを、川崎市の郊外に移そうと思ったのには、そんな理由もありました。
7月に移った新天地は緑に囲まれ、最寄り駅まで徒歩10分ほど。何より急行が止まらないのがいい。コンビニエンスなものに慣れきった自分を鍛え直したいと思いました。
便利だからと服にも「機能」を求めるばかりでは、「作業着」になってしまいます。そもそも服は、ゆっくりと牧草をはんだ羊の毛や、豊かな土壌から育った綿花から生まれるもの。手間ひまをかけてこそ得られる一本の糸、一枚の生地は、早回しの世界ではじっくりと味わえないと思うのです。
2階建ての借家である仕事場は、オフィスではなく、アトリエと呼びたいと思っています。生地の色を確かめるのに欠かせない自然光がたっぷりと差し込むフィッテングルームで、お客様とスーツ談義に花を咲かせるひと時は至福です。長年集めた装いの歴史に関する書籍や、ビンテージの服地をかたわらに置いて、ゆっくりと服と向き合いたいと思います。
なんのおもてなしもできませんが、読者の皆さまも近くにお越しの際は、気軽にお立ち寄りくださいませ。
お問い合わせは、インコントロ ( 044-871-5330 / メール info@incontro.jp)。
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2013年10月07日(月)
朝日新聞be on Saturday " 赤峰幸生の男の流儀 『重宝するブルゾン』 2013年10月5日(土)掲載" [朝日新聞掲載記事]
1960年公開の映画「太陽がいっぱい」は、ルネ・クレマン監督による明細サスペンス。高校生の時に見た私は、物語の展開もさることながら、アラン・ドロン演じる主人公に殺されてしまう悪友(モーリス・ロネ)の着こなしに、「恰好いいなあ」と心奪われてしまいました。それは夏の海辺で、素肌にスエード(裏革)のブルゾンを羽織るスタイルです。
イタリアに行くと、男たちは至る所で、レザーブルゾンを着ています。車の運転をする時に、また休日のリストランテで、あるいは気温が下がった夏の夜の海辺で……。丸めておいてもしわにならず、フォーマルな場面でなければ、どこにでも着ていけるので、大変重宝するのです。
素肌の上に着るのは上級の着こなしですが、気温に合わせてシャツでもポロシャツでも、薄手のセーターでも、いかようにも調整ができます。ボトムスもグレーのフランネルからコーデュロイ、デニムまで幅広く合わせることが可能です。
購入の際には、豪華な表革でなく、上品で着回しがきくスエードがオススメ。濃い色は汚れが光って目立つので、明るめがいい。靴はブルゾンの色に合わせると全体がまとまります。
サイズは小さめを選びの少しタイトに着るのがかっこいいと思います。私は一番下のボタンは留めず、いわばベストの感覚で着ています。袖は長めで動きやすいものがお薦めです。重い服は避けたい現代ですから、なるべく薄くなめされた革を選びましょう。
私自身、30年着続けている一着もあるほど、長く愛せるアイテムです。休日スタイルの劇的な格上げが可能で、大人の男性にとって、必携と言ってよいと思います。
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2013年09月25日(水)
朝日新聞be on Saturday " 赤峰幸生の男の流儀 『自然に溶け込む服』 2013年9月21日(土)掲載" [朝日新聞掲載記事]
近年のファッションの大きな流れの一つに、洋服の原形を作った英国への回帰があると言われます。千鳥格子やチェックといった伝統的な柄や、厚みがある英国的な服地に世界中のデザイナーが手を伸ばしている。それはモノがあふれて混乱した状況が続いた後の、「基本に帰りたい」という心情の現れではないかと考えています。
しかし、そんな流行とは関係なく、ずっと英国の伝統を踏まえて服を作ってきたデザイナーがいます。私が敬愛するマーガレット・ハウエルです。
彼女が作る服は、自然に溶け込む色あいがすばらしい。スコットランドの草原や湖水地方の水の色、ブリティッシュ・ガーデンを想起させる色使い。自然な色こそを身に着けるべきだと考える私にとって、本質的な価値を備えた服に思えるのです。
彼女は毎年2回、ロンドンで新作を発表していますが、ファッションショーを見たこのコラムの担当編集者は「イメージ通りのマーガレット・ハウエルで、新味に乏しい」などと言います。いや何を言う、変わらないことこそが価値であり、今の時代に求められている「新しさ」だと思います。
次のシーズンには着られなくなるような服はもういらない。「賢い服」を少しずつ買い足していくような、新しい資本主義のキックオフを感じています。フォックス・ブラザーズ社の毛織物といった一流の素材を使い、マーガレット・ハウエルの服は決して安くありませんが、普遍的で、時代を超えていく服だと思います。
30年前に彼女に初めてお会いした時に、和服に関する書籍を贈ったら、たいそう喜ばれました。自然や伝統に共鳴する心情は日英に通じるものがあるように思えます。
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