2013年01月09日(水)
MEN'S EX 2013年2月号 赤峰幸生の「服育のすゝめ」vol.2 [MEN'S EX 掲載記事]
名作映画に学ぶ服装術 その2
『アーティスト』
ゴテゴテした装飾性ばかりを強調した靴や腕時計、演出過剰のこれ見よがしな着こなし。ファッション業界は疲弊し、短期間で一大勢力を築き上げたファストファッションは、早くも生き残れるのかを議論されています。表面的な流行を造っては捨て、捨てては拾いを繰り返すばかりで確固たる思想が見つからないのです。いつか限界を迎える日がやって来るのでは?拭えない不安が募ります。
今、メンズファッションは進むべき道標を失い、行先には靄が掛かっています。しかしここにきて、一部の服好きたちの間で服飾の原点に立ち返る動きが出始めています。行き過ぎた装飾を排し“引き算の美学”を突き詰めて、正当のクラシックに戻ろうという動きです。
歴史が生み出してきたものの中で、時代を経ても変わらないもの。それこそがクラシックの真髄です。紳士の装いの原点は1920〜30年代に遡ります。今こそ、原点を見直す時期ではないでしょうか。紳士の在るべきスタイルとは如何に。その答えがズバリ、スクリーンに表れた映画がありました。
クラシック服好きも納得するジェントルマンの正しい服装
映画にも原点を見直そうという動きがありました。第84回アカデミー賞受賞作品『アーティスト』です。行き着くところまで行ってしまった現代映画に対する試みであり挑戦でもあるのでしょう。装飾過多な現代映画と真逆をいく、色も台詞も音もない白黒サイレント映画にはマイナスの美学を見ることができます。そして20年代のハリウッド映画をたっぷり見ていないと語れないほど、衣装に対する時代考証がなされていました。
時は1927年、サイレントからトーキーへと移り変わる時代。主人公であるサイレント映画のスター俳優、ジョージ・ヴァレンティンの装いは、シングルブレスト、ピークドラペルの3つ揃い。ノーベントで、生地は目付け400〜430g/uと思われるツイードまたはフランネルです。ナローカラーの襟元は、きゅっと絞ったタイドアップスタイルで、クラシックな裏無しのシンプルなタイを。ノットを小さく結んで持ち上げています。前回も『オリエント急行殺人事件』を題材にして解説しましたが、これこそスーツスタイルの原点です。
一方、撮影所に赴く際にはダブルブレストのジャケットにチェックタイ、キャスケットという着こなし。ここで注目していただきたいのは、現在のカジュアルにあたるシーンでも、オンを少々砕けさせた程度で、あくまでもドレッシーに装っていることです。本来、紳士の装いに“オフ”はありません。男の服の原点はドレスクローズなのです。
『アーティスト』は、歴史を改めて見直したことで、アカデミー5部門に輝く非常に挑戦的かつ正当な作品に仕上がりました。ファッションも然りではないでしょうか。原点を見つめることで、次代を築く足がかりとなるはず。それは単なる懐古趣味ではなく、温故知新というべき大切な服育なのです。
『アーティスト』
2011年ミシェル・アザナヴィシウス監督作品。2012年度アカデミー賞5部門受賞。ハリウッド黄金期、サイレントからトーキーへ、映画の世代交代が行われようとしている。サイレント映画にこだわるあまり、スター俳優ジョージは時代に取り残され、彼が発掘した新人女優ペピーがトーキー映画の花形スターへと登っていく姿に焦燥する。
Posted by インコントロ STAFF at 11時29分 コメント ( 0 )