2012年12月10日(月)
MEN'S EX 2013年1月号 赤峰幸生の「服育のすゝめ」vol.1 [MEN'S EX 掲載記事]
名作映画に学ぶ服装術 その1
『オリエント急行殺人事件』
零れ落ちるほどの服を持っていながら、未だお洒落に辿り着けないと仰る方へ。「洒落る」とは生き方であり、着せ替えごっこではありません。服が身体に染み込むほどに装いの真理を極めねば、その境地は遠きまま。服と人が寄り添ったとき初めて、本当のお洒落が身につきます。海外でも通用する本物のお洒落は、日本人の外交にとっても一助となるはずです。
重要なのは「服育」です。それは書道に於ける楷書体を学ぶことに同じです。装いの基礎を身につけてから個性を伴う草書体へ移行する、自分なりに服を着こなす教養を積んでいただきたいのです。しかし教養は一朝一夕に身につくものではありません。良い教科書も必要です。そこで服装で登場人物の人格や生活様式をも描いた、時代考証に優れる映画を観ることをおすすめします。1930年代を舞台に描いた『オリエント急行殺人事件』。ここにはドレスクロージングの原点が詳細に再現されています。
映画の中では衣装もまた雄弁なる台詞である
「彼はツイードを着ていましたが、イギリス人ですかな?」
名探偵ポワロがエリート外交官のアンドレニイ伯爵をこう表した台詞には、当時から“ツイードといえばイギリスが本場”と知られたいたことを表しています。本物のイギリス人はショーン・コネリー扮するアーバスノット大佐です。列車に乗り込む前のイスタンブールではツイード調のノーフォークジャケットにニッカボッカー姿ですが、オリエント急行の車内では英国伝統のスーツを着ています。目付け450g/u程度と思しきヘビーウェイトな三つ揃いに、丸襟のピンホールカラーシャツ。タイはやや細身で芯無しのもの。そして腰には懐中時計。これはまさしくスーツスタイルの原点です。被害者の秘書・マックイーンを演じたアンソニー・パーキンスは、エンブレム付きのブレザーにアーガイルのニットベスト、グレーパンツという出で立ち。これは当時のアメリカ人青年らしくスポーティな着こなしといえるでしょう。当のポワロはフランス人と見紛われるほど隙のない洒落者ベルギー人として描かれました。アカデミー衣装デザイン賞にもノミネートされた本作では、登場人物の服装が物語と映像に深みを与え、彼らの個性、性格までもがより明確に浮き上がるよう考証されています。
服と人とが一体化すれば本当のお洒落が身に付く
装いが単なる着せ替えに陥ると、服は人と乖離します。これでは高級ブランドの服を着ても、決してお洒落には見えません。それ故、スクリーンの中で、生活と服装とが強く結びついた乗客たちはお洒落に見えるのです。残念なことに現代はドレスコードの垣根が曖昧なことが多く“正しい服装”を知らない大人も少なくありません。いつまでも服に翻弄され流行に左右される理由がここにあります。正しい装いの教養を身につければ、もう服に振り回されることはないというのに。
1930年代の紳士の装いを忠実に再現した本編。英国軍人の隙のないスリーピーススーツ、アメリカ人青年のスポーティなブレザー姿、軍服由来の鉄道職員の制服、そしてエキセントリックなまでに洒落者の名探偵ポワロの寝間着まで、現代の紳士服の原点と装いの基本を表している。
Posted by インコントロ STAFF at 11時37分 コメント ( 0 )